ワインディングロードの予感
小さな商店街のお店に生まれ、
共働きの両親と祖父母に囲まれ大切に育てられた。
特に不自由な暮らしを感じずに十代を過ごした。
学校で嫌なことがあっても相談できる人、逃げる居場所があると幼心にも感じていたのだろう。
何度か辛い時期もあったものの家族に助けられ乗り越えてこれた。
ただ、元々の性格なのか、
社会や一部大人に対する嫌悪感が人一倍強く、それへの反発の手段が僕にとって音楽だった。
言葉でうまく伝えられないし、
知識の剣を振りかざす能力も持ち合わせてなかったけれど、
詞を歌にして音で伝える自信(思い込み)はあった。
中学から作詞作曲を始め、高校からバンドを組んだ。
しかし、なかなかメンバーの安定がせず、大学に入った理由の大部分が時間を買うためだった。
もちろんそんな理由で入ったから、1年しないうちに、そこにいる理由がわからず、
気づけば教科書やノートは落書きだらけ。
今思えば、その落書きがこの道に入るきっかけになったのだった。